2008年12月31日

元気です

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久しぶりの更新です。
プーモルミーは元気です(^−^)
毎日牧草をたくさん食べています。
スーパープレミアムの1番刈りだと硬い茎が多く殆ど残してしまいます。
そのため半分位が廃棄処分となり無駄が多すぎるので、2番刈りのソフト
タイプがメインになりました・・・(-_-)
相変わらず自爆行為とは思いつつ4種類のブレンド牧草です。
おかげで食いつきが良くなり、今までより食べる量が格段に増えました。
(冬だからなのかな??)

先週の体重測定では850g。
抱っこすると今までよりも重いんですよね。
毛は相変わらず短いままですが。

来月の8日でプーモルミーは1歳になります。
早いような短いような感じです。

近頃アイラインの色が濃くなってきたみたいで
前よりも目がパッチリしてかわいくなりました♪

気の強いのは相変わらずで、残飯小屋に移動させないまま
トイレのフンを拾っているとテリトリーを荒らされているのが
気に入らないらしく、早くどけとブツブツ文句を言いながら下の寝床で
ウロウロ&イライラしながら私の手がどくのを待っています。

このブログも全然更新しなくなってしまいました。
悲しい事ばかりの1年でブログを続ける気力がなくなってしまいました。
来年はこの気持ちを引きずらずに、気持ちを入れ替えて生きていこうと
思っています。

これからも皆さんのところにはこっそりお邪魔する事になると思いますが、
私のブログは今年いっぱいで休止させていただきます。
ブログのおかげでモルモットについて色々勉強させてもらうことができ、
またモル飼いさんと知り合う事もできてとても感謝しています。
でも、ブログは更新しないと意味がないですからね(^−^;)

今まで本当にどうもありがとうございました。

千葉モル

ニックネーム 千葉モル at 10:34| Comment(2) | TrackBack(0) | プーモルミー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月10日

母 永眠

11月25日午前零時過ぎ姉と二人で
腎臓に効く足ツボをネットで見ていた時
姉の携帯が鳴りました

「嫌だ・・・」

何ともいえない声でそう言った姉は
携帯を持ったまま小さく深呼吸しました

「あぶないからすぐ来てください」って

すぐに着替えて義兄の運転する車で病院へ向かいました

カーテンを閉められた母のベットだけ照明で明るかった
カーテンを開けると酸素マスクをしているのに
呼吸をしていない母がいました

3時間前まで上下の波形を示していた傍らの機械は
もう直線しか示していませんでした

「お母さん!お母さんっ!!」

両肩をゆさぶっても頬を叩いても
母は目をつぶったままでした

大声で泣きました
姉にしがみついて泣きました

「ではこれからお体をきれいにいたします
大体1時間ほどかかりますので待合室でお待ち下さい
葬儀社はお決まりですか?お決まりでしたらこの間に
ご連絡して来てもらってください お決まりでなければ
こちらの方で・・・」
病院にとってはもう数え切れないくらい経験している場面
亡くなった患者に対してしなければいけない処置と家族への話
私たちにとってはたった一人の大切な家族の死の悲しみ
病院で身内が亡くなると家族はふたつの現実に直面しなければ
ならないんだと痛感しました

姉夫婦が葬儀社への連絡や親戚への連絡をしている間
私は放心状態で薄暗い待合室の椅子に座り親しい友達へ
メールしていました

処置が済み葬儀屋が来るまで病室で待つ事になり
訃報を聞き気が動転してしまった母の妹と電話中の姉をおいて
先に私と義兄が病室に戻りカーテンを開けると
そこには白い布を顔に乗せた母がいました
私はそっとその布を取りました

「お母さんかわいい・・・」

私と義兄は同じ言葉を同時に口にしていました

暖色のあたたかい光色に映し出され
白装束に着替え薄化粧をしてもらった母の顔は
全てから解き放たれ安らかで清らかで
本当にかわいらしくてきれいな顔でした
悲しいはずなのに母を見て感動し気持ちが落ち着いてゆきました

人はこの世での人生を終えた瞬間
新しく生まれ変わるのだと思いました

母は亡くなるまでの2週間頑張りました
13日の夜中に急変してから1週間で少しずつ回復の兆しが見えてきました
看護師さんにも「お母さん頑張ってるね」「だいぶ良くなってきたね」
と言ってもらい少し安心して21日に千葉へ帰ったのですが
23日に血圧が下がりはじめ夕方姉からの連絡で
また新幹線で病院へ向かう事になりました
再会した母は呼吸も苦しそうで目も見開き眼球も動いていますが
それはもう脳の痙攣で動いているだけでした
尿も殆ど出ていないので腎臓が機能していません
意識がないのにここまで苦しみに耐えている母を目の前にして
もう楽になって欲しいという気持ちと
まだ生きていて欲しいという気持ちがありました
後者は娘のわがままです
母は娘のわがままに応えてくれたのか
24日も悪い数値ながら頑張ってくれました
その時私は(もしかしたらまた頑張ってくれるかも知れない)
と思いさらなる娘のわがままを抱いてしまいました
その3時間後に母は全てから開放されたのでした

先日実家に行き母の骨壷から人工関節を取り出しました
両膝を手術したので義兄と私で形見としてもらいました
その時小さな骨と歯をひとつもらい
母の骨をほんの少し食べました

「母が亡くなったら母の骨を食べる」

それはずっとずっと心に決めていた事です


ニックネーム 千葉モル at 14:02| Comment(4) | TrackBack(0) | 飼い主 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする